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一般常識

「会心」「改心」「回心」「快心」の意味と違い

「会心」「改心」「回心」「快心」の意味と違い

会心・改心・回心・快心の意味と違いとは

「かいしん」と読む二字熟語には、さまざまなものがあります。その中でも「会心」「改心」「回心」「快心」といったものは、意味合いが近いこともあり、混同することも多くなっています。間違った使い方をして恥をかかないよう、それぞれの正しい意味を押さえておきたいところです。

そこで今回は、「会心」「改心」「回心」「快心」の意味と違いについて解説したいと思います。

会心とは

会心

「会心」の主な意味合いは、「心から満足すること」というものです。ものごとが期待通りにいって、十分心にかなうことを言います。「会心のホームランが飛び出した」「彼は会心の笑みを浮かべた」「彼女の演奏は会心の出来だった」のように使われます。

「会心」はまた、「納得すること」「理解すること」という意味もあります。この場合は、「道理を会心する」のように使われます。

「会心」の「会」という字は、「顔を向かい合わせる」などの意味のほかに、「適う」「一致する」の意味もあります。「心」は、「気持ち」や「考え」などを意味しています。つまり「会心」という熟語は、「気持ちや考えに適うこと」を表していることになります。

「改心」などとの違いについては、以下で見てみましょう。

改心とは

改心

「改心」とは、文字通り「心根を改めること」という意味の言葉です。これまでの行いを反省し、心を入れ替えて改めることを言います。「彼もすっかり改心したようだ」「彼女は親の前で改心を誓った」「これからは改心して出直したいと思う」のように使われます。

「改心」の「改」の字は、「かしこまる」と「たたく」の象形から成っており、「かしこまるよう仕向ける」を意味しています。そこから「あらたまる」を意味する漢字として成り立ちました。

「改心」は、このように「改悛」や「悔悛」と同じ「反省して心を入れかえる」を表すという点が、「会心」との違いになります。

回心とは

回心

「回心」は、宗教上の心情変化を指す言葉です。心のありようが根本的に変化し、信仰(特にキリスト教)の道に入ることを指しています。また、それに伴って行動や態度が変化することも指します。「まだ幼いころに回心し、キリスト教に入信した」「彼はここ数日で劇的に回心した」のように使われます。

「回心」は「えしん」と読む場合もありますが、こちらは仏教用語となっています。「回心(えしん)」の意味は、「心を改めて、正しい仏の道にはいること」というものです。

「回心」は漢語に由来する言葉で、もともとは「世俗的な雑事にとらわれた心をあらため、本来の道に帰る心を持つこと」といった意味を表していました。その後、上記のような意味合いで使われるようになったという経緯があります。

「回心」と「改心」は、どちらも「悔い改める」という点で違いはありません。しかし、「回心」は主に宗教的な意味合いで使われるという点が、「改心」との違いになります。

快心とは

快心

「快心」とは、「気持ちが良いこと」という意味の言葉です。また、「良い気持ち」ということも表します。「快心な光景」「快心の出来事」のように使われます。

「快心」の「快」という字は、「心」と「いきいきする」の象形から成っています。そこから「心がいきいきする」「ここちよい」などを意味する漢字として成り立ちました。

「快心」と「会心」は、どちらも「満足」という意味合いを含むことから混同しやすくなっていますが、使われ方は違います。「快心」が単に「心地よさ」を表すのに対し、「会心」は「期待通りの結果を得る」ことを表しています。この点を踏まえておくと、使い分けしやすくなるでしょう。