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一般常識

「至言」「名言」「金言」「語録」の意味と違い

「至言」「名言」「金言」「語録」の意味と違い

「至言」「名言」「金言」「語録」の意味と違い

胸に響く言葉を聞いた際、よく「至言だ」などと言いますが、この「至言」と似た言葉に、「名言」や「金言」といったものがあります。これらの言葉はほとんど同じように見えますが、何か違いなどはあるのでしょうか。あるとすれば、それぞれの使い分けのポイントが知りたいところです。

そこで今回は、「至言」「名言」「金言」の意味や違いに加え、「語録」との違いについても解説していきたいと思います。

「至言」とは

至言

「至言」とは、「事実の本質を適切に言い当てている言葉」という意味の言葉です。あることがらについて、これ以上ないほどうまく適切に言い表した言葉を言います。読み方は、「しげん」です。
「“腹が減っては戦はできない”とはけだし至言である」「“人間は考える葦である”とはパスカルの至言だ」のように使われます。

「至言」の「至」は、「矢が地面に突き刺さった」象形から成り、「いたる」を意味しますが、この場合は「普通の程度をはるかに超えているさま」「このうえない」を意味します。

「名言」や「金言」との違いは微妙ですが、「至言」は有名な言葉や格調高い言葉でなくても当てはまる点が特徴となっています。ことの本質を適格に捉えているかどうかが、「至言」の最も重要なポイントになります。

「名言」とは

名言

「名言」とは、「ことの道理を言い当てた、すぐれた言葉」という意味の言葉です。また、名高い言葉についても言います。読み方は、「めいげん」です。
「シェークスピアの作品は、名言の宝庫だ」「“偉大さの代償は責任である”とは、チャーチルの名言だ」のように使われます。

「名言」の「名」は、「夜明けに雄の鳥が鳴くこと」を表す漢字ですが、そこから転じて「名前」の意味が生まれました。さらに、「優れた評価」などの意味合いも持ちます。

「名言」は、「金言」とほとんど違いがない言葉として使われていますが、「名高い言葉」という意味合いを含む点が微妙な違いになります。また、「至言」や「金言」に比べて、一般的な使用頻度も一番高くなっています。

「金言」とは

金言

「金言」は、「きんげん」と読む言葉です。意味は2つあり、1つは「人生や生活の上で手本とするべき優れた言葉」を指します。この場合は、「“過ちて改めざる、これを過ちという”とは、まさに金言だ」「“金言耳に逆らう”とはよく言ったものだ」のように使われます。
もう1つの意味は、「仏の口から出た、不滅の真理を表す言葉」というものです。
ただし、一般的には、前者の意味合いでよく使われます。

「金言」の「金」は、「土の中の金属」を表しますが、この場合は「立派なもの、優れているものの例え」を意味しています。

「金言」もまた、「至言」や「名言」との違いが分かりにくいところですが、「生活の上で手本とすべき言葉」という点が使い分けのポイントとなります。単に核心をついているだけではなく、道徳的に優れていることが、「金言」の重点となっています。

「語録」とは

語録

「語録」は、「儒者や禅僧などの言葉を記録したもの」という意味もありますが、一般的には「偉人や有名人の言葉を広く集めたもの」の意味で使われます。読み方は「ごろく」で、「毛沢東語録を読んだ」「ギリシャの哲人の語録」などのように使われます。

「語録」の「語」は、「言葉」「話すこと」の意味を持ち、「録」は「書付」などの意味を持ちます。

「語録」はこのように、「至言」「名言」「金言」などとは意味合いがはっきり違います。ある一言ではなく、「名の知られた人が残した言葉の集まり」を指す点が、「語録」のポイントとなっています。