みんな大好き!「お金」に関する基礎知識

みんな大好き!「お金」に関する基礎知識

お金に関する基礎知識

クレジットカードや電子マネーなど、現金を持ち歩かなくても支払いに困らない便利な世の中になりましたが、それでもまだまだ紙幣や硬貨といったお金、いわゆる「貨幣」の出番は多いはず。普段、当たり前のように使っているお金ですが、その一つひとつについて詳しく知っている方は、そんなに多くないのではないでしょうか。
今回は、そんなお金にまつわる様々な基礎知識をまとめてご紹介したいと思います。

意外と知らないお金の起源

お金が誕生する前は、人々は物々交換によって必要なものを手に入れていました。しかし、物々交換の最大のデメリットは、お互いに所持している物品と欲しい(交換したい)物品とがなかなか一致しないこと。例え欲しい物品を持っている人がいても、相手も自分が持っている物品を欲していない限り、取引は成立しなかったのです。
そこで、誰もが欲しがるものであり、誰もが納得できる価値を表現できるものであり、持ち運びやすく収集や分配、保存が可能なものを代用することが広まりました。これらは「物品貨幣」と呼ばれています。
物品貨幣の素材は、地域の伝統や慣習の中で「富」と見做されるものが一般的で、古代中国では貝が、オセアニアでは石が、古代バビロニアでは穀物が使われました。他にも布や砂金、家畜などがあり、フィジーでは鯨の歯も使われていたようです。
現在、お金の素材として主流となっているのは金属と紙で、それぞれ硬貨、紙幣と呼ばれています。世界最古の硬貨は、紀元前7世紀に現在のトルコにあたるリュディアで作られた「エレクトロン貨」だと言われています。一方、世界最古の紙幣は、北宋の政府紙幣としては1023年から流通した「交子」だと言われています。

日本初めてお金が登場したのはいつ?

日本で最初の「お金」と言えば、歴史の授業でもおなじみ「和同開珎」。円形状の銅貨の起源と言われる唐の「開元通宝」という貨幣を参考にして作られたのが、奈良時代にあたる708年です。しかし、近年ではさらに古い「富本銭」や「無文銀銭」が発見され、教科書の一部が書き換えられることがありました。ただし、これらは発掘された数も少なく、用途もまじないのためのものだったという説もあり、現在でも論争が繰り広げられています。
その後、商工業の発展で貨幣の需要が拡大したのと同時に、戦国大名の軍資金や家臣への報奨として金銀が注目され、金貨や銀貨が誕生します。この頃、豊臣秀吉が鋳造させた「天正長大判」は世界最大の金貨として有名です。
そして、日本で本格的に通貨が流通したのは江戸時代。「両」「匁」「文」といった単位はご存知の方も多いと思いますが、これらの単位は硬貨の素材によって使い分けられていて、換算相場は「金1両=銀60匁=銭(銅)4000文」でした。ちなみに、当時の「1両」は、現在のおよそ「13万円」ほどの価値があったと言われています。

日本の通貨はいつから「円」になった?

ただし、江戸時代も後半になるとこれらの硬貨だけでなく、全国の大名が自らの藩の中だけで使える「藩札」という紙幣を発行したり、外国製の銀貨が大量に流入してきたりと、通貨の制度が大いに混乱してしまいます。
その後、大政奉還を経て明治政府が誕生しても通貨の混乱は続いていたため、明治4年(1871年)、政府は統一した通貨制度として「新貨条例」を公布。10進法による「円・銭・厘」という新しい単位が誕生しました。
この「円(えん)」という呼び方の由来には諸説ありますが、江戸時代にはわら じ型(大判・小判)や四角形(銀貨)などバラバラだった形状をすべて「円形」で統一したため、呼び方も「円(えん)」とした、という説が最も有力です。ちなみに「銭(せん)」は、アメリカの「セント」を模して付けられたもので、大隈重信が発案したと言われています。

日本で初めてお札に登場したのは女性だった!?

さて、お金とは切っても切れないそのデザイン。今でこそお札に肖像画が描かれているのは当たり前で、それこそ一万円札のことを「諭吉」と呼んだりもするくらいですが、日本で初めて紙幣に描かれた人物が女性だったということはご存知でしょうか。
それは1881年に発行された壱円札で、描かれていたのは神功皇后でした。神功皇后とは開化天皇の子孫にあたり、仲哀天皇の皇后です。「古事記」や「日本書紀」に登場する人物で肖像画はなく、政府の技術者によって描かれました。その技術者がイタリア人だったため、どことなく洋風の顔立ちになったと言われています。
その後、現在までに菅原道真、武内宿祢、和気清麻呂、藤原鎌足、聖徳太子、日本武尊、二宮尊徳、板垣退助、岩倉具視、高橋是清、伊藤博文、福沢諭吉、新渡戸稲造、夏目漱石、樋口一葉、野口英世の計17名が登場しています。
一方、貨幣に描かれた建物に目を向けると、法隆寺の夢殿や靖国神社、談山神社、護王神社、宇倍神社、北野神社、建部神社、平等院鳳凰堂など、寺社仏閣が圧倒的に多いようです。2000年の沖縄サミット開催を記念して発行された二千円札には、首里城守礼門が描かれていました。

1円玉は原価の方が高い?

1円玉は原価の方が高い?

最後に、現在使われている紙幣や硬貨が一体いくらで作られているのか、その原価を見てみましょう。
まず紙幣ですが、一万円札が約22.2円、五千円札が約20.7円、二千円札が約16.2円、そして千円札が約14.5円。金額が上がるにつれ原価も上がっています。続いて硬貨ですが、五百円玉が約30円、百円玉が約25円、十円玉が約10円、五円玉が約7円、そして一円玉が約3円。紙幣と同じく金額が上がるにつれ原価も上がっていますが、その貨幣価値と原価のバランスを見てみると、十円玉でイーブン、五円玉と一円玉に至っては赤字です。もちろん、貨幣は売り物ではないので印字された金額と原価には何の関係もないのですが、ちょっと気になりますね。
ちなみに、これら貨幣をよく見てみると、紙幣には「日本銀行券」と、硬貨には「日本国」と、それぞれ表記されているのが分かると思います。これは、紙幣は日本銀行が発行し、硬貨は日本国政府が発行していることを意味しています。紙幣と硬貨では、発行場所が違うのです。